千葉県佐原市の米ぬか−滋賀県野洲市の米ぬか |
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千葉県佐原市の米ぬか 通常計測の場合 |
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滋賀県野洲市の米ぬか 通常計測 |
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碧い蜻蛉
高槻・市民放射能測定所に通いながらシンメトリックス社製iFKR−ZIPでの食品の測定を継続しているが、数Bq/kgの低いレベルの試料になると、食品が含有している日本の土壌に含まれている天然核種をカウントするため数値が高くなる傾向にある。これはシンチレーション式計測器の宿命でもあるが、無汚染もしくは更に低いレベルの試料をバックグランドに読み込むことで天然核種の影響を相殺して汚染を浮かび上がらせることができることを、関西の土壌汚染ならびに測定所三題のページで記述した。ここでは関西の測定所ネットワークでクロスチェック用試料として巡回している千葉県佐原市の米ぬかを滋賀県野洲市の米ぬかをバックグランドに計測を行った。千葉県の米ぬかを使って得られた計測スペクトルから滋賀県の米ぬかを使って得られた計測スペクトルを引き算する形でセシウムなどの汚染核種のスペクトルを描かせるものだ。
試料の量はそれぞれ260g、計測時間は10時間。
図中の茶色が滋賀県野洲市の米ぬかの計測スペクトル。赤色が千葉県佐原市の計測スペクトル。緑色が引き算して得られた差分スペクトル。ピンク色の領域がCs134の計算領域(ROI)青い色の部分がCs137を出してセシウム全体量を把握する領域。機器の調整の関係で全体にROIの位置はずれているが計算には補正を行っているので支障がない。明確にセシウム三兄弟のピークが立ち上がっている。表示値はCs134 2.0Bq/kg、Cs137 4.2Bq/kg、セシウム合計で6.2Bq/kgとなっている。
K40のピーク位置が重なっているのできれいに相殺されていることがわかる。さらに、K40のコンプトン散乱も、天然核種によるとみられるゆるい山も割合に良く重なって打ち消している。
機器の設定重量は320gであるので重量補正を行う。
Cs134 2.53.2Bq/kg、Cs137 5.26.7Bq/kg、放射性セシウム全体で 7.79.9Bq/kg
滋賀県の米ぬかに比べて約10Bq/kg汚染度が高いことがわかる。このぬかを出した白米には数Bq/kgのセシウムが残っているだろう。主食だけに、この米は子どもたちに食べさせない方が良い。(生きたまま放射性廃棄物になる食品基準 参照)
これは試料室を空にしてとった計測器のバックグランドスペクトルをベースに求めた佐原市の米ぬかの計測スペクトルである。先の図と同様茶色がバックグランドスペクトル、赤がぬかの計測スペクトル、緑が差分スペクトルである。重量補正を行うと
Cs134 3.34.3Bq/kg、Cs137 5.97.7Bq/kg、放射性セシウム全体で 9.212Bq/kg
先の値の2割増しである。これは米ぬかに含まれる天然核種の影響とK40のコンプトン散乱を誤検出して高くなっているのでないかと推定している。
放射能のスペクトルを見慣れていないひとのために少し詳しく解説する。この計測器で測定できるの放射線の中の電磁波の一種であるガンマ線だけである。ガンマ線が計測器の中に飛び込んでくるごとにデータとして蓄積されるのであるが、ガンマ線の持つエネルギーの強さが横軸に、飛び込んできたガンマ線の数が縦軸にカウントされる。ガンマ線を直接計測しているのでなく、ガンマ線があたると光を発生する半導体を暗黒の中に置いておき、発生した光を光電子倍増管やフォトダイオードなどで検出し、エネルギーを測定している。同時にいくつものガンマ線が飛び込んでくるのをエネルギーごとに振り分けて記録するのか心臓部のMCA(マルチチャンネルアナライザー)である。
ガンマ線を光に変える手足の受容器に相当するのがゲルマニウムや沃化セシウム、沃化ナトリウムなどでできた半導体である。受容器に入った信号を電気信号に変換して伝える神経組織の働きを光電子管やフォトダイオードが果たしている。
エネルギーごとに鋭敏に振り分ける能力に優れているのがゲルマニウム半導体を用いた機器である。感度は低いが各放射性物質の特性エネルギーを明確にピークとして検出できる。しかし、その性能を維持するためにカウント数をかせぐために長時間計測が必要であり、温度変化を完全になくすために液体窒素での冷却温度管理を必要とする。厚い鉛で遮蔽するために何トンという重量があり、設置場所を必要とする。したがって、高額な初期費用を必要とし、液体窒素での維持管理費用も大きなものとなる。
iFKR−ZIPはガンマ線検出部に沃化セシウムの結晶を配置し、フォトダイオードで結晶から発せられる光をカウントしている。分解能はゲルマニウムに比べて低くなるので、特定の核種が発するガンマ線が小さな山となって検出される。目の悪い人が細い字などをみるとにじんでぼやーっと広がって見えるのと同じ原理だと考えたらいい。放射性核種はたくさんの種類があると近くにエネルギーを持つ他の核種の光と重なり合って一つの山を形成する。Cs134もCs137も近くに天然核種のピークがあるので、特別な計算式を組み込むことで対象となるCs134やCs137の濃度を求めている。
核兵器を製造するためのウランももともと岩石に含まれているものであるので、地球上どこでも天然の核種が存在する。市民が放射能測定する意義は、こうした天然の核種の影響を除いた原子力発電所から放出された人工核種や核爆発からもたらされた死の灰の影響を白日の下にさらし出すことにある。しかし、市民の自由に入手できる計測手段では天然核種による若干の誤検出(高めに出る)があることを了解しておいて欲しい。また、天然核種の影響でCs134やCs137のバランスが大きく狂うこともある。
コンプトン散乱
滋賀県野洲市の郊外地区にあるコイン精米器にたまったぬかのスペクトルである。米作地帯であり、個人農家が玄米として保管している地元産米を折にふれて精米しているので、100%滋賀県野洲市米のぬかであると考えられる。この地域は一点だけであるが、土壌の測定を行って福島事故の汚染が見られなかったところである。(関西・土壌の放射性セシウム汚染)
K40のコンプトン散乱で立ち上がっているが、ピーク法で再計算してコンプトン散乱の影響を排除するとCs134もCs137も不検出となった。
ここでコンプトン散乱について説明しておく。図で最も高いピークをつくっているのは自然界に存在するK40(カリウムの同位体)から発せられる1462keV のガンマ線ピークである。このガンマ線が検出器の沃化セシウムの中に入ると、一部は原子の中の電子と衝突してエネルギーを失う。曲げられた角度が大きいほど失うエネルギーが大きいので、K40よりもエネルギーの低い部分に高原状に散乱されたガンマ線が出てくる。試料中のカリウム成分が大きいほど高くなるので測定の際に妨害となることがある。バックグランドより充分に高くなれば計算方法をピーク法で行ってコンプトン散乱の効果を排除できるが、中途半端にバックグランドよりわずかに浮き上がった状態の時に誤検出となることが多い。
天然核種の誤検出、コンプトン散乱による誤検出などはスペクトルの形状などをにらみながら経験を積み重ねていかなければならない課題である。
K40のピーク
天然核種の影響の除去
シンチレーション式の食品放射能測定装置でも、2010年以前の食品などを天然核種の影響を排除するバックグランド試料とすることで1Bq/kgレベルの食品汚染を明確にできることがわかる。ZIPユーザーのグループでは福島事故以前の米、缶詰などを融通巡回し合って、事故で起きてきた食品汚染の実態の把握に努めていきたい。
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